« 藤原祐子さんの詩「編み笠をかぶれば」 | トップページ | 秋田水石同好会展 »

2017年8月27日 (日)

山形一至さん、逝く

山形一至さんが8月21日、亡くなられた。享年83だった。

山形さんには、秋田文化出版社勤務時代に、吉田朗さんの使いで、たしか中通りにあった支払基金の事務所に、詩集『断崖の群』(1977年)の校正を何回か持っていったことがあった。

その後、山形さんが退職して北海道から秋田に帰ったとき、だまし討ちのように秋田県現代詩人協会の事務局長をやらせられたので、事務局の小生は、しばしばお会いした。時々は、打ち合わせを、山形さんの近所の食べ放題の店でしたり、また、夜は山王でカラオケにも行ったりした。

秋田文化出版時代は、エッセイ集『風化しない場所』(2000年)、詩集『種子幻影』(2004年)をつくらせてもらった。

山形さんは昔から活躍していたので、その時交友のあった詩人たちについて書いてほしいと話したところ(「書肆えん通信」に載せたいと思っていた)、さきがけ詩壇の選評や、「密造者」の県内誌評を書いたりしているので、それをまとめたい、というようなことだった。

こんど「密造者」は100号、「日本海詩人」は50号を迎えるので、楽しみにしていたと思われるが、残念だった。

葬儀当日、羽後町の藤原祐子さんから、山形さんを偲んで食べて下さいと、美味しい茄子漬けを頂戴した。

山形さん、安らかにおやすみ下さい。合掌

なお、お墓は保戸野鉄砲町の浄土宗・来迎寺です。押切順三さんや芦野時子さんのお墓もあります。

(追記)

ネットで、検索をかけていたら、以下のようなツイッターの記事があったので紹介する。詩関係の人は読んでいないと思われるので。(誤字が見受けられるが、そのままで)

#全国腎臓病協議会 #ぜんじんきょう NO.265 より

秋田県秋田市 現代詩人 山形一至

 透析はすべてプラス思考で考える。

高校1年生の授業で私を欠かすられ、僕の私がいちばん良いと先生がみんなの前で呼んでくれたのが嬉しくて詩を書くようになりました。当時ノート千篇ぐらいは書いていましたか。

 悩みから詩は生まれる

現代史というのは明日を書く。現在の命を書く、そういうものじゃないかと思います。明日を見込んでいると言うことでしょう。

 好奇心を持つと言う事

僕はエロティシズムの詩、女性の詩を書くことがうまいと言われます。
エロは大事で、僕はエロが好きだから歳をとらないくらいに思っていますよ。だから今だって恋をしても良いと思ってます。この基本は「好奇心)を持つということです。下好奇心がないと書けない。

透析はすべてプラス思考考えます。せっかく与えられた4時間と言う大事な時間に何をやるか、です。僕は読誦し非常にいます。読書は明日を考えるのに非常に役立ちます。

« 藤原祐子さんの詩「編み笠をかぶれば」 | トップページ | 秋田水石同好会展 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1872965/71538701

この記事へのトラックバック一覧です: 山形一至さん、逝く:

« 藤原祐子さんの詩「編み笠をかぶれば」 | トップページ | 秋田水石同好会展 »